2013年3月31日日曜日

「環境問題の杞憂」 藤倉 良

「環境問題」といえば、大きくは地球温暖化(寒冷化という説もありますが)や、オゾン層の破壊から、身近なところでは、ごみの分別回収資源化や、我々が摂取するものの安全性など、広範囲に及びます。著者は、科学者の立場から環境問題が「それほど深刻でない」ことを述べています。


環境問題が「杞憂」のレベルであるにもかかわらず騒ぎ立てられる背景として、科学者側のとマスメディア側の問題を指摘しています。

1. 科学者側の問題

1.1 例えば、ある化学物質が危険であることを示すことは可能だが、その物質が安全であることは不可能である。「絶対に」大丈夫と断言することはできない。
1.2 ある物質が、例えばこの濃度範囲では問題ないという研究では、研究の成果として認められにくく研究者にとっては取り組みにくい。


2. マスメディア側の問題

2.1 科学者が断定できないことでも、「安全です」とか「危険です」とかいう結論を市民は待っているものだと信じている。
2.2 「よい話」よりも「悪い話」、つまりセンセーショナルな話題を取り上げる傾向にある。
2.3 ニュースとして伝える側が必ずしもその内容をよく理解しておらず、また、わからなくても構わないのだと思っている。
2.4 報道内容が「言いっぱなし」で、その後のフォローアップがほぼない。

取り上げることのインパクトが大きいほうが好まれるという点では1.2と2.2は似ています。ただ、世間に対して情報が発表後にも検証や反論される余地の少ないメディアの場合(2.4)では、内容がセンセーショナルであればあるほど責任が大きいでしょう。


ここ10年ほどはダイオキシンや環境ホルモン問題、あるいは食の安全性について注目があつまりましたが、それらのリスクは小さいことを具体的に示しています。
何がどれだけ危険かを評価する尺度としての「リスク」について、「風呂場は路上より危険である」と、科学的なデータをもとに論じています。年間死亡リスク(=1年間に10万人のうち何人がそれによって死亡するかを数字で表したもの)の比較では、入浴が10に対して、交通事故6となっています。つまり1年間で10万人中、10名は入浴が原因で、また、6名が交通事故で死亡するということです。喫煙については74、さらに受動喫煙については12と算出されています。死亡リスクに限って言えば、環境について考える前に、タバコをどうにかしなければという結論になりそうです。

「杞憂」を「小惑星の衝突」と考えて、「杞憂が現実となるリスク」を0.01と算出しています。(「杞憂」という言葉は、中国古代の杞の人が天が崩れ落ちてきはしないかと心配したという、故事に由来するらしいです。)食の安全性の例として、全頭検査前の牛肉を食べてクロイツフェルト・ヤコブ病にかかる確率0.007は、小惑星衝突による年間死亡リスクよりも小さいことを示しています。

一方で自殺による死亡リスク(日本での2005年のデータがベース)を25と算出しています。年間死亡リスクを算出するために使用したデータの精査が必要ですが、タバコ関係を除くと、自殺に結びつくようなストレスの対処のほうがリスク低減のためには必要性が高いのではないかとも感じられます。(最近は国も自殺防止には熱心なようですね。)


最後の「環境の常識に惑わされない」の章では、一時期、環境分析に近い世界に身を置いていた立場からして共感できる点が多かったです。
特に「環境にやさしいとはどういうことか」については、特にマスメディアには考えてほしいものです。環境教育が進み、リサイクルに対する意識が高まったことは歓迎すべきです。ただし、何もかも再利用すればよいのか?については、よく考える必要があります。本書では、ミツカン(お酢の会社)がリターナブル瓶ではなく、ワンウエー瓶を採用することが環境負荷の低減には有効であるとした例が紹介されています。つまり、瓶を洗浄して利用する際には、瓶の洗浄に薬品は使うし、また、回収再利用のためにはガラスを厚く丈夫にする必要があり、それによって瓶が重くなると運搬時の環境負荷が増大するなどを考慮した結果です。

資源の利用に関して感じていることがあります。最近、外食する際に割り箸をやめるケースが見受けられます。「割り箸をやめましょう運動」はまだよいにしても、、「使用済み割りばしを製紙会社に送って紙の原料に使ってもらおう運動」は、とても環境にやさしいとは思えません。使った割り箸を洗う際の水使用や洗剤使用、それを箱に詰めて輸送するのが車であれば、その際のガソリン使用など、その行為自体が環境負荷を高めているのではないでしょうか。(環境教育としては役立っているかもしれません)。

環境に対する意識を高めることは重要だと思いますが、「本当に」環境にやさしいとは何かをきちんと理解して行動することが重要でしょう。せめて、LCA(ライフサイクルアセスメント)で評価した結果をもとに「環境にやさしい」と言ってほしいものです。(ただしLCAもやり方によって評価結果が変わってくるので鵜呑みにすると危険です)。


ネットの時代になって、発信側と受け取る側のギャップが小さくなったものの、世間に正しい知識を広めるためには、科学者のみならず、マスメディアの果たす役割が大きいです。さらに情報を受け取る側としても、流される情報が正しいのかどうかを見極めることが必要でしょう。



本書中のデータは最新のものではありませんが(2006年初版)、環境問題の本当のところを理解するための入門書としておすすめできます。

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