2014年11月24日月曜日

「ちょいな人々」荻原浩

以下の1~7の短編である。なるだけネタバレしない程度に概要をまとめた。1~4と、7は状況がどんどんエスカレートするなかでの「喜劇」といえるだろう。犬や猫を飼っている(いた)ならば、5.「犬猫語完全翻訳機」にハマること間違いない。


1.「ちょいな人々」
 保守的な印刷会社のサラリーマンが、ある日トップダウンで決まった「服装のカジュアル化」に振り回される心情と戸惑いが描かれている。

 2.「ガーデンウォーズ」
 ガーデニングにあまり詳しくない主婦と、その隣人の老人との庭の境界での小さなもめごとが徐々にエスカレートしていく様子が描かれている。

3.「占い師の悪運」
 占い師養成学校をでてパッとしなかった主人公だったが、以前勤めていた際に営業で回った場所近くを拠点として占いを始めた。そこでの客となるOLについての情報をすでに持っていたため、それを利用してよく当たる占い師として評判となる。そんな時、深刻な客がきた。その女性の要求は、自分で植えたチューリップの、これから咲く花の色を占いで当てること。外れれば死ぬと。霊感も何もないでたらめ占い師のとった行動とは?
 巻末の参考資料(石井裕之のコールドリーディングの本)は、ここで使われたと資料と思われる。観察や質問のやり方といった技術を使うことで、エセ占い師としていろんなことを言い当てることができる。今でいうとメンタリズム? 以前コールドリーディングの本を読んだが面白かった。

4.「いじめ電話相談室」
 いじめ相談室で電話相談員の女性が、電話で受け答えしているだけではいじめの解決にならないと気づき、具体的な行動に移していく。相談員として「指名」を受け付けるまでになったが、逆にいじめ相談室での「いじめ」の対象になる。いろんな場所や状況でのいじめを織り交ぜて話が進行する。

 5.「犬猫語完全翻訳機」
 犬や猫の気持ちを人間の声に変換できる翻訳機スーツを開発した会社が、モニターを募集してテストした。犬や猫は、翻訳機を通じて何を言ったのか?そして、モニターの結果商品化は実現できたのか?犬猫の言ったことは、過去に猫を飼っていたことからだいたい予想できたにしても、商品化できなかった理由にちゃんとしたオチがついている。

6.「正直メール」
 前の「犬猫語完全翻訳機」を作った会社が、今度は声だけでしかも感情を反映させてメールを書けるケータイを開発した。声に含まれる感情を織り込んで文字変換するその機能が、本当に正直な感情を反映してしまった結果、起こった喜劇。

7.「くたばれ、タイガース」
 主人公である治美が結婚することになり、阪神ファンである婚約者が自宅にあいさつに来たものの、治美の父が巨人ファン。「娘さんをください」という前に、徐々に治美の父親にも婚約者が阪神ファンだとわかり、酔った二人が中継戦を見ながら、もはや結婚のあいさつどころではなくなる様子をユーモラスに描かれている。
 結婚のあいさつのために、妻となる女性の家にいって義理の父(となる予定)と話をする状況は、特に男性が緊張を強いられる状況であることから、題材として取り上げられやすいのだろう。野球好きであれば、もう少し入りこめるかもしれない。

2014年11月17日月曜日

「氷菓」米澤穂信

  高校生による謎解き小説である。しかし、「名探偵コナン」のような精巧な「オチ」は仕込まれていない(テレビアニメのほうをたまに見ることがあるが「謎解き」は大人でも楽しめる場合が多い。)

主人公が通う高校で過去に起こった「事件」の経緯を明らかにするのがメインな筋である。だが、その途中で主人公の非凡な謎解き能力が発揮される話が序盤にあり、その辺まで読んだときには、一種の短編小説集かと誤解するほどだった。「氷菓」とは、その高校の古典部(そこに、主人公が入部せざるを得なかった)の文集の名前であり、なぜ「氷菓」なのかが最終的な謎解きとなっている。

 単純な謎解きとしては、かなりフツーな部類に入るのだろうと感じた。主人公と友人の関係も描写されているが、それも感じ方は人それぞれ、また、世代によっても感じ方が違うに違いない。



2014年11月10日月曜日

ネットの記事より - "あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」"

ネットで以下の記事が目に留まった。
オックスフォード大学が認定 あと10年で「消える職業」「なくなる仕事」702業種を徹底調査してわかった


コンピュータ化や自動化が進むにしたがって雇用がどのように影響を受けるか? というのが元になっている論文だ。ヤフージャパンの記事を見た時には最近の発表かと思われたが、調べてみると元論文は2013年9月に発表されていた。
The Future of Employment: How susceptible are jobs to computerisation?

「オックスフォード大学が認定」というのはちょっと語弊がある。正しくは、オックスフォード大の中の研究プログラムOxford Martin Programme on the Impacts of Future Technologyで発表された論文というべきであろう。

単純労働が置き換わり可能で、創造的な仕事や、対人的に高度な処理を必要とする仕事が置き換わりにくいだろうとの予測は、これまでも言われている予想の範囲である。ただし、ちょっと複雑なサービス業、例えばタクシーの運転手も自動化の可能性があるとみているのは新しいだろう。

ただし、ここでの予測に対して以下のような限界(=平たく言えば予想が当たらない場合のいい訳ともとれますが)も論文の中で注記している。
■安い労働力が不足している状態や、投資できるお金が十分な時には起こりうることである。
■規制や政治的な動向で、機械化の動きが減速される可能性がある。
(例として、カリフォルニアやネバダ州では無人運転車に対しての法規制を整備する動きに言及)
■未来の技術予測は大変に難しい。

上記のニュース記事では触れられていないが、元の論文では、アメリカの2010年時点での雇用者数の47%がコンピュータや機械に置き換わる危険にさらされているとみている。また、「賃金」と「置き換わる可能性」、および「教育水準(大卒以上かどうか)」と「置き換わる可能性」の相関性を見ると逆の相関がみられると分析している。つまり、今の雇用で賃金が安ければ安いほどその雇用がなくなる(=機械等に置き換わる)可能性が高く、また、労働者の教育水準が低ければ低いほどその雇用がなくなる可能性が上がるということだ。

 月並みな結論だが、将来、職を失い路頭に迷わないためには、最終的には「教育」が重要なのだと思う。

2014年11月3日月曜日

「グラスホッパー」 伊坂幸太郎

バッタの生息数が増え、その生育密度が高くなると、大型で遠くまで移動できる種類の個体数が増えるという。しかも凶暴になるらしい。人間も人口密度が高くなると、同じく凶暴になるのではないかということが中でも説明されている。(タイトルが「バッタ」でなく「グラスホッパー」であったのは、語感がよくなかったからか)

妻を殺されてしまった主人公の鈴木による復讐が話の展開の中心である。それに絡んで他の殺し屋である「鯨」や「蝉」の視点からも話が展開される。「鯨」は対象の相手を自殺させることで殺す「殺し屋」であり、一方、「蝉」のほうはナイフ使いの「殺し屋」である。「鯨」は過去の犠牲者の幻覚に悩まされる様が描かれているのに対し、「蝉」のほうは生粋の殺し屋で、女子供でも容赦ない。当初はあまり接点のなかったこれらの話が終盤に向かって一つになっていくところがよく構成されている。


気になった部分(カッコ内はキンドル版の位置)を以下に引用する。
扉があったら、開けるしかないでしょ。開けたら、入ってみないと。人がいたら、話しかけてみるし、皿が出てきたら、食べてみる。機会があったら、やるしかないでしょ(位置No.268)
亡き妻の口癖「やるしかないでしょ」を鈴木が思い出す場面が何度かでてくる。 そのうちのひとつの引用だ。 そういえば「やってみなはれ。やらなわからしまへんで」はサントリー創業者の鳥井信治郎が残した名言だ。
わたしたちは、「やるしかないと考えるタイプ」と「やめとこうタイプ」に分かれるだろう。これらのタイプが混ざっているから今の人間があるのかもしれない。なぜなら、すべての人が「やるしかない」と思い、みんながみんな無茶なことをすると全滅の危険があるからだ。毒を含む動植物に対して、ヒトすべてが過去に「食べてみるしかない」と考えていたら今のヒトはいないかもしれない。
人間の知恵だとか科学は、人間のためにしか役に立たねえんだよ。分かってんのか?人間がいてくれて良かった、なんて誰も思ってねえよ、人間以外はな(位置No.3260)
「蝉」が死にゆく最中に幻覚との会話で吐いた言葉。この小説では「蝉」は少し教養のない若者として描かれている。その彼がこうしたことを言えるのは教養のない故か、あるいは本質的なことなのか? ある意味、本質をついている。なぜなら、例えば、環境問題が話題に出るときに「環境に悪い」という論理は、あくまでも「ヒトが住むための環境が悪い」ということで、ヒト以外の立場からみると、人間の活動や存在そのものが地球環境に悪いのではないかと思えるからだ。

素直にドキドキさせるエンターテイメント小説の部類であるが、読み方によっては、死生観を考えさせられる小説。