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2018年5月1日火曜日

「ねこはい」 と 「ねこはいに」 南 伸坊

 はじめに「ねこはいに」の表紙を見かけたとき、「ねこ」は「猫」だろうと認識できたが、それにつづく「はいに」の意味するとこが掴めなかった。本の中身を見て、「ねこはいに」は「猫俳句その2」だとわかった。(したがって「ねこはい」は「猫俳句(その1)」なのだろうが。)

「ねこはい」のほうでは、
ひにすける
ひにかげるはや
なつこだち

のように俳句ぽいのもある(日に透ける、日に陰る早、夏木立)が、その一方で、

はととった
こともあったな
いまはむり

のように、カレンダーにもなっている「猫川柳」を思い出させるものもある(伸坊さんも別に「俳句」ではないと思っているのでしょうけど)。

「ねこはいに」もこんな調子で、脱力系書籍(絵本)の範疇に入るだろう。猫絵本コレクター必須(?)かもしれない。

2015年5月10日日曜日

「今日も一日きみを見てた」角田光代

 ネコのトトを迎えてからのおっかなびっくりな体験をつづったエッセイである。ネコを飼ったことのある人にとっては「そういうことあるよね~」と思ってしまうあるある本といえるだろう。これからネコを飼おうとする人には役立つかもしれない。

 ネコ用のおもちゃを買うとき、ネコが気に入ってくれるかどうかを心配しながら購入するのは完全にありがちだ。せっかく買い与えたのに、全くの不発でネコが全然気に入ってくれない場合は自分も経験したことがある。

 ここにでてくるトトは運動神経が鈍くて、いろいろ失敗をやらかすので、それを笑ってしまうと書いている。それでトトは性格が引っ込み思案になっているということらしいのだが、実はトトのプライドが傷つけられたのではないかと想像したりする。「ネコはプライドの高い動物なので失敗しても笑ってはいけない」とどこかで読んだことがある(真偽は定かでないが)。

 ネコの来る前の時代BC(BeforeCat)と、その後のネコ紀元後AC(AfterCat)で世界が大きく変わったという点は納得できる。その癒し効果は飼ったことのある人にしかわからないだろう。まあ、いろんな布製品がぼろぼろになるとか、焼き魚を落ち着いて食べることができない等のデメリットも否定できないがw。


やはり、ネコそれぞれに個性があり、もしも失ったら容易には代替できないものだと再認識させられた。

2014年12月15日月曜日

ヒトも歩けばネコにあたる(その2)

道端で出会うたいていのネコは、こちらと視線が合うと、逃げ出す体制をとることが多い。誰もがネコに友好的であるとは限らないので、不思議ではない。このシャムネコはこれ以上の接近ができなかった。
いつでも逃げる体制だったシャム君


それでもたまには飼い猫タイプのネコもいて、こちらの茶ブチネコはちょっと声をかけると寄ってきた。
ネコがそう思ったかはわからないが、想像でセリフを入れ4コマ漫画風にしてみた。
「ん?」

「何か用?」
「あれ?エサないの?」

「そっちに行って損したよ、チッ(舌打ち)」
こちらでは珍しくぷっくりしていると思ったが、どうやら妊娠ネコだったようだ。首輪はないが、ほぼ飼い猫なのだろうな。

2014年12月1日月曜日

ヒトも歩けばネコにあたる(?)

週末には散歩することが多い。最近はウォーキングというのだろうか。感覚的には、運動的な要素が多ければ後者の呼び方となる気がする。

ただ歩いていても無目的な気がするため、ネコを見つけ出すことを散歩の一つの目的にしている。

出会ったときのネコの反応は3つにわかれる。
1.警戒して、近づくとすぐに逃げる「典型的野良猫タイプ」
2.こちらから近づいても逃げずに触らせてくれる「飼い猫タイプ」
3.あまりこちらの様子を気にせず、我が道をいく「マイペースタイプ」

遭遇したマイペースなネコ
今日、出会ったのはマイペースタイプのようで、特に「逃走」するわけでもなく、道を渡っていった。

外で見かけるのは、イヌのほうが圧倒的に多く、ネコは少ない。特に、田舎ではイヌは番犬として実用的なのに対して、ネコは実用性に乏しいことは否めない。いや、ネコもネズミ駆除に使われていたか?

実用的であるに越したことはないが、「実用的でない」ところがネコらしいのではないかとも思う。

2014年9月26日金曜日

飼い猫回想 [2]

飼い猫が逝ってちょうど2ヶ月が経った。

2002年に当時住んでいたアパートの階段でよちよちしていたネコを保護した。
妻は「雄に違いないから」といってジョニーと名づけた。
しかし、猫の常識として三毛猫であればほぼ間違いなく雌であり、あとでよくみたらやはり雌だった。当時は、そんな猫飼いとしての常識もなかった。

同居開始直後に布団で寝るジョニー(当時、推定2-3ヶ月)
ご多分に漏れず、そのアパートはペット可でなかったために同居を反対したのだが、結局はこっそり飼いが始まった。
お約束ではあるが、襖と畳は相当引っかき傷をつけられた。襖に関しては閉めると開けて入ろうとされてひっかかれたが、はじめから襖を少し開けていれば被害が少なくてすむことに気づいたのはずいぶん後になってからだった。

2014年8月26日火曜日

飼い猫回想

7月26日から1ヶ月が過ぎた。うちの猫が死んでから1ヶ月である。猫の様子に変化が見られてから4ヶ月でこの世を去った。当初は、猫に対してもう少し距離を置いて付き合うつもりであったが、さすがに12年あまりも同居していたので、もはや家族同然であったと認める存在となった。

通常考えると、ネコのほうがヒトよりかは短命なわけで(15年生きれば長生きのほう)、ほぼ間違いなく飼い主よりも先立つのが早いことは明らかである(飼い主が「老人」であれば状況は違うでしょうが。事実、里親募集の条件で「60歳以下」を挙げているのもある。)つまり、飼い主は飼い猫を見送る覚悟が飼い始めた時点で必要なのだ。その覚悟が「あやふや」だったために、今、いろいろと後悔することも多い。常々、「やらないで後悔するよりはやって後悔することを選びたい」と言っておきながら、判断が遅れてしまっては「やっても結局、後悔の念は大きいのだ」と、今回の猫が死んでしまった件で認識した。

元々は野良猫であったが、成り行き上、飼う羽目になってしまった飼い猫。その時期の猫との出会い、そして、先月の別れ、ひょっとすると、その出会いは偶然ではなく、また、先月の別れもその役目を終えた故の必然だったのではないかと思ったりする。

そのうち、猫の病状と、どういう経過をたどったのかをまとめたい。しかし、まだ、気持ちの整理がついていないし、あまり思い出したくないこともある。ネコに対して「49日」とかヒトの場合をあてはめたくないが、起きたことを冷静に見つめなおすためには、そのくらいの時間が必要なのかもしれない。

2014年7月13日日曜日

“猫バカ”な自分を省みる


「猫馬鹿」とはよく言ったもので、その当人たちにしか馬鹿たりうる理由がわからないだろう。そういう自分もいつしか「猫馬鹿」となり、「馬鹿猫」と暮らすことになってもう10年以上となる。(なんだか、「馬鹿」が「バカ」ではなく「ウマシカ」とも読めてしまうので、カタカナ表記で以下続けます。)

我が家のバカ猫もついに体調が悪くなり、猫バカの自分としても心穏やかでない。非猫バカの立場から考えると、「たかが猫」である。しかし、猫バカからみると「されど猫」ではないか。猫なんて所詮人間さまには及ばないし、それほど飼い主のことを考えているとは思えない。犬であればもう少し飼い主に対する忠誠心があるだろうが、猫ではむしろ飼い主が猫の奴隷である。だから、「猫バカ」はあっても「犬バカ」はあまりなじまない。

猫を飼い始めるのは自分の意思ではなかったし、また、「猫は猫、人は人」というポリシーを貫くつもりだったのだが、結局は猫バカと化してしまった自分がいる。「猫の魔力」である。猫は人間を支配するために送り込まれてきた生物だとどこかで聞いたことがある。阿片のように国を滅ぼすほどのパワーはないにしても、「猫地球侵略陰謀説」はありうるかと思う(その説を信じ始めたことがすでに猫バカの兆候だろうw。)

散歩中にであった猫たち。
ノラ猫の中に三毛猫を見つけると、他人(他猫?)とは思えない。
ノラ猫との付き合い方はいろんな意見があるでしょう。

2014年6月9日月曜日

「猫は音楽を奏でる」 ねこ新聞監修

作家を含めた著名人のエッセイ集で、それぞれの長さは4ページ程度と短い。したがって、本当の細切れな時間に読むのには最適な構成だろう。もともとは「ねこ新聞」に掲載されたもののようだ(「ねこ新聞」なるものがあるとは知りませんでした。)

「猫好き」が読めば、大いに共感することが大いに違いない。また、「非猫好き」が読めば、猫バカとバカ猫の世界を理解する足がかりとなるだろう。

自分の過去を顧みると、飼い猫に影響されたことは否めなく、ひょっとすると人間のパートナー並の影響度があるんじゃないかと思うことがある。このエッセイ集を読むと、猫の影響力はやはりすごいと認めざるを得ない。


【余談】
英語タイトルの副題は、"The cat plays music."とつけられている。
英文法の本を参考にして解釈すると、
The cat plays music.[他の種と区別して、猫というものは~]
というニュアンスなのだろう。

ちなみに、他の可能性としては、
A cat plays music.[いかなる猫でも]
Cats play music.[一般的に猫は(口語的)]
The cats play music.[ある地域にいる、などある特定の猫が~]
があるが、なんとなく、「犬は奏でないけれど、猫は奏でる」意味であれば"The cat plays music"正確な訳なのだろう。

2013年10月14日月曜日

”Cuthbert - The Troubadour Cat From Over-The-Seas” Caro York

吟遊詩人ネコのCuthbertが、海を渡り世界を放浪する話です。「相当読みやすかった」と思って、Amazonサイトの「内容紹介」を見てみると、「Ages 6 - 11 like Cuthbert the best.」との記述が… さらりと読めるレベルは6~11才レベルの本ということに気づきました。私の場合では、およそ1ページで多くても2,3の単語の意味を確認するだけで読み飛ばせるレベルです。「パンダ読み」には適している1冊です。

序盤の、「big mouse」を探しにフロリダに行く部分が一番面白かったです。直接表現されていませんでしたが、「big mouse」を、ディズニーランドのミッキーマウスだと勘違いしていた件です。それをオチにして話が終わっていてもよかったのではないかと思ったくらいです。



---単語・表現メモ---
■steel oneself to:覚悟を決めて~する
Cuthbert steeled himself to talk to the polar bears.
動物園でホッキョクグマに話しかけようとする場面で使われてました。「ネコ」が「クマ」に話しかけようとしているですから、ちょっとした覚悟が必要な状況は理解できます。

2013年9月29日日曜日

"Shelve Under C: A Tale of Used Books and Cats" Jenny Kalahar

 古本屋で、一時的に預けられているネコが話の中心です。また、ネコのほかに、その本屋で本屋の主人から古本を見極める技を教えられる少年の話がうまく絡められています。なので、本のタイトル通りの「ネコ一色」の内容ではありません。
ネコたちは、どこかに引き取り先を待つために、一時的にその本屋で飼われており、また、その少年も両親を事故で失っていることから、どちらも孤児(ネコは「孤児」と呼べない気はしますが)である共通点を持っています。ネコのしぐさや動作はよく描かれていますし、さらにその少年の心理的な描写がこの本の面白いところでしょう。



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個人的には初めて見た表現を以下にまとめてみました(カッコ内は本文の位置番号)。

■higgledy‐piggledy:ひどく乱雑に
One of his arms was up and the other down and his legs were all higgledy‐piggledy, [No.821]

■get the boot:首になる
I worry all the time, like I'm going to get the boot cause they're going to decide they don't really want me.[No.1212]

■pinch one's lips :口をぎゅっと閉じる(抑圧した怒りや不機嫌の口もと)
At this, the boy pinched his lips together tightly and tried not to show emotion.[No.1699]

■walk on air:うきうきした心でいる。有頂天になっている。
Kris walked on air all the way home. [No.2085]


次にこれらの表現に出会った際には、再び辞書で調べないように覚えておきたいものです。

2013年5月19日日曜日

猫にきびとその対策




ついに猫ネタ登場です。もちろん我が家の同居ネコです。
写真のように、年明けにブツブツが発生しました。
猫にきび(黒いぽつぽつ)がアゴの下に見えます
口元にはでかめの黒いブツが見えます
こんな感じで発生です。見た目だけの問題ならよいのですが、たまにかきむしられて出血しているのが困ります。

あごの下の皮脂が酸化して黒くなるらしいのですが、ネットで調べても、その真の原因は不明らしいです。えさの種類やストレスとか言われています。あとは清潔に保って予防できるとか言われてます(人間のにきび予防と同じ理屈でしょうね。)

タオルにぬるま湯を湿らせてこすり取るという方法もあるようですが、かなりしつこくくっついています。そこで、いらなくなった歯ブラシでブラッシングしてみると、うまくとれました。

使わなくなった歯ブラシでアゴ下を
ブラッシング



ブラッシング後にお休みの図
あとはえさをいれる皿の材質も影響するという話もあるようです。プラ系だとアゴにあたってそこが不潔になるのでよくないとか。真偽のほどは不明ですが、私のところもえさ皿の材質をプラから磁器製に変えてみました。
かきむしられて出血していなければ、あまり神経質になる必要はないでしょう。