2020年8月16日日曜日

「眠れる美女」川端康成

 全3篇が収められている。「眠れる美女」は森ではなく布団で眠っている。完全に眠っている若い全裸女性に添い寝できますといえば実在する風俗サービスとも思えるが、執筆されたのは昭和35~36年である。この小説ではその添い寝の利用者が老人である。利用者は金持ち限定でかつ変なことをしてはいけないという決まりがある。本の後ろには「デカダンス文学の名作」とあり、単なるエロ小説とも読むことができるかもしれない。その一方で、主人公の江口老人が過去の女性遍歴や自分の娘たちを思い返す描写があり、心的な描写でいえば老人小説のようだ。

他の2篇は「片腕」「散りぬるを」。「片腕」は女性の片腕を一晩借りて一夜を過ごすという話である。その片腕が女性を象徴しているのはぼんやりとは理解できるものの、ちょっと難解である。

「散りぬるを」は、被害者が女性の殺人事件を、被告の心情を取り調べの資料から振り返る話である。昭和8年~9年の作品だが、「眠れる美女」「片腕」と毛色が似ているだけに同じ本に収められているのは違和感はない。

解説を読むと多少は理解の一助にはなるが、解説を書いているのは三島由紀夫であり、解説そのものが難解である感は否めない。

2020年7月29日水曜日

「定年後のお金」楠木新

 自分の過去の投稿を見直すと、この著者の本「定年後」を読んでいたことを忘れていた。著者は、サラリーマン生活に関しての著作が多く、それらは自己の経験や取材に基づいている。今回は、通常の人であれば避けては通れない「お金」の話である。

 お金の管理法として、収入・支出を追いかけるだけではなく、資産として年に2回程度の集計を行えばよく、そのやり方としては「財産増減一括表」を作成することを推奨している。要は、企業が行っているような「賃借対照表」の家計版を作るということだ。これにより正味財産があるのか、あるいは債務超過で収入が途絶えたら直ちにマズい状況に陥るのかがわかるというものである。おそらくは、ローンを抱えてる家計では、資産の現状把握の一助となるだろう(逆にいえば無借金であれば管理はさらにシンプルだろうが)。

「老後不安と投資を切り離せ」(第4章)では、お金の運用についての具体的な方法が記述されている。株式投資がよくわからないのであれば投資信託へといっているが、投信の手数料についてはあまり触れられていないのが気になった。投信の場合、その種類によっては運用手数料が数%であり、運用益が十分でなければ保有しているだけで目減りが避けられない。したがって、投信にしても手数料の安いところでないと株と同様にリスクがあることを認識しておく必要があるだろう。

 お金がないと困るが、あくまでもそれが目的ではなく、手段であることは、お金の議論では必ず出てくる点である。先行きのことを考えると不安にはなるが、できる限りの準備を進めて「その時はその時」の開き直りも必要なのではないかと思う。日本では、最後の手段は、セーフティーネットとして生活保護があると思うしかないと言ってたのは「ちきりん」さんだったような記憶がある。
今日がなければ明日はないの精神で目の前のことに集中するのが吉でしょうか。

2020年7月24日金曜日

「簡易生活のすすめ」-山下泰平

ミニマリズムのブームからそれなりに時間が経過した。要は「シンプルに生きる」ことを目指している様式で、モノを減らすことが注目されがちだが、広くは人間関係などのソフト面を含むといえる。

この本では副題の通り、「明治にストレスフリーな最高の生き方があった!」と、日本では明治時代からミニマリズムに通じる生活様式(=簡易生活)を実践しようとする動きがあったことを、当時の文献、新聞記事をもとに紹介している。

当時の文献のうち、徳富蘇峰の「簡易生活」については、以下の3点に要約されるとしている(p.42)、
・実用がすべて
・簡易で簡素
・余計は排除

当時の実践者の事例で、広い家に住んでいたが簡易ではないと考え、狭い家に引っ越したが、やっぱり広い家に住みなおしたことが記述されている。
ここでの行動を
・思い立ったらすぐ実行
・失敗を恐れない
・間違えたら改める
とまとめている(p.68)。
これらの要点は、明治の始める方法・失敗する方法のまとめ(p.56)でも同様である。すなわち、
・始めさえすればよい
・失敗してもとらわれない
・改善すればいい
の3つである。

始めても失敗したと思ったらすぐに改める点が特徴的だ。別の選択肢としては、失敗しないように「よく考えて」、それから「実行」があるが、これではよく考える時間が余計なために簡易ではないということなのだろう。

当時の事情として、食事の用意する時間を減らす方法(電子レンジはもちろん、コンビニもない時代なので)とか、さらには、モノを食べないことが究極だとして、どれだけ食べずに生きていけるかをやってみた記事の紹介があり、なかなか笑わせてくれる。まさに、思い立ったらすぐ実行し、だめでも構わず、改善すればいいという思想である。

文明の発達により、当時は夢のような話が今は現実となっているので、今となっては問題とならない点も多い。一方で、「自分も他人も道具であり、とにかくうまく道具を使え」という「平民主義」の思想は、現在も適用できる考え方である。

2020年2月2日日曜日

「定年後」 楠木新

「定年後」に関して、著者の調査やインタビューの経験も踏まえてはいるものの、現時点での著者の立ち位置から「定年後」を見ている内容だ。

会社勤めであれば、ほとんどの人にとっていつかは終わりがくるわけで(定年廃止の選択も企業にはあるがおそらくは少数派)、定年後の過ごし方はひとつのテーマとなりうる。ただし、その過ごし方は、現在、自分がどの世代にあるかによって大きく左右されることは間違いない。本書で取り上げられているように、定年後に、属性を失い、それが本人および家族の問題となるのは、年金などでの生活保障がある世代である。すなわち、無理やり働かなくとも、生きていくには何とかなる人たちである。生きていくうえで心配のいらない世代であれば、単に「生きがい」をみつけることや、社会とのつながりをもつことがとりあげられればよいと思う。そのために、会社だけの繋がりをもつだけではなく、会社への属性を失ったあとを考えて、定年前から地域や何らかのコミュニティーへの繋がりを考えておく(助走をつけておく)ことは大切であろう(ほかの本でも同様のことは言われているが)。

「会社は天国?」の項では、会社勤めのメリット(いろんなことをタダで教えてもらえるし、会社の経費で飲めるなど)を挙げているが、これらは会社員と、自営とを経験しないとわからない点であり、会社勤めを辞めるまえに考えておいたほうが良い点かもしれない。

第7章の「死から逆算してみる」で、「自らの人生を創造的なものにするには、やはり人生の締め切り、最期のことを勘案しておく必要がある」(p198)点は、折に触れ必要なことであろう。中年期以降であれば「死から逆算」に現実味があるが、若ければ自身の最期をイメージするのは難しいと思われる。
「終活よりも予行演習」の項で、死んだ後の葬式をどう演出するかの著者の希望が書かれている。この点については、正解はないと思うし、それが自然である。なぜならば、死生観は人によって違うからである。個人的には「終活」に使う時間が果たして有効なのかに疑問をもっている。その一方で、「人生とは壮大な暇つぶし」という人もいるので、時間を消費する方法としては有用であるかもしれない。

「定年」に関してはさまざまな著述があり、それらが参考文献として本書巻末にまとめられているので、2017年2月ごろまでの定年本レビューとしても活用できる。