2018年5月2日水曜日

「夜のピクニック」恩田陸

「夜のピクニック」のタイトルからおおよその内容は連想される。高校生活最後の夜の歩行祭、つまり一晩中長距離を歩くというイベントで、主人公の貴子が融(わたる)に「何か」を告白しよう というストーリーである。ただし、ポイントは一般に想起される単なる恋愛の告白ものではなく、意外な二人(貴子と融)の関係性とそれに加えて彼らの友人との関係描写されている点だ。青春小説といえばそれまでだが、話としてはかなりうまく構成されていると感じた。この小説が単純な告白ものであれば全くの平凡な小説のひとつなわけで、この構成の巧みさがこの小説を名作と言わしめている所以であろう。

■p.23からの引用:
 日常生活は、意外に細々としたスケジュールに区切られていて、雑念が入らないようになっている。チャイムが鳴り、移動する。バスに乗り、降りる。歯を磨く。食事をする。どれも慣れてしまえば、深く考えることなく反射的にできる。
むしろ、長時間連続して思考し続ける機会を、意識的に排除するようになっているのだろう。そうでないと、己の生活に疑問を感じてしまうし、いったん疑問を感じたら人は前に進めない。だから、時間を細切れにして、さまざまな儀式を詰め込んでおくのだ。そうすれば、常に意識は小刻みに切り替えられて、無駄な思考の入り込む隙間がなくなる。
この部分は、この歩行祭が「長時間連続して思考する機会」を与えてくれていること、そして日常生活では、われわれはあえて忙しくして生活の疑問に向き合う機会を放棄しているとの作者の見解を示すものであろう。これは高校生に限ったことではなく、毎日の生活に追われている大人には特にに当てはまるだろう(「大学生」は違うんじゃないかと思うのだが、昨今の状況を知らない)。


■小さい頃読んだ本の「タイミング」について歩行祭の最中に、融と忍(=融の友人)が二人が話をしてる時の流れで忍が言ったこと(p.189からの引用):
「お前が早いところ立派な大人になって、1日も早くお袋さんに楽させたい、ひとり立ちしたいっていうのはよーくわかるよ。あえて雑音をシャットアウトして、さっさと階段を上がりきりたい気持ちは痛いほど分かるけどさ。もちろん、お前のそういうところ、俺は尊敬している。だけどさ、雑音だって、お前を作ってるんだよ。雑音はうるさいけど、やっぱ聞いておかなきゃなんない時だってあるんだよ。お前にはノイズにしか聞こえないだろうけど、このノイズが聞こえるのって、今だけだから、あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。おまえ、いつか絶対、あの時聞いておけばよかったって後悔する日が来ると思う。 」
今の時代に「テープを巻き戻す」との感覚がわかってもらえるかは多少の疑問が残るが(私はカセットテープの時代を知っているので、巻き戻しやノイズの感覚は非常によくわかりますが)、「ノイズ」の重要性をうまく表現している。いろんなことを「無駄でないもの」と「無駄なもの」で分けようとすることは危険性を孕んでいると言えるだろう。
また、ここでのポイントは、人生において「タイミング」が重要であるということだ。例えば、ある本を読むにしても、それを10代で読むのか、あるいは40代で読むのかで、受け止められ方が違うことはある。若ければ「未知」のこととして捉えられることが、歳を重ねた後で読めば「過去」の自分の経験と照らし合わされて読まれる。

■本書から、何らかの教訓めいたものを読み取ることもできるが、単純にストーリーを楽しんだほうがよいでしょうね。

0 件のコメント:

コメントを投稿