2013年4月29日月曜日

「お金じゃ買えない」 藤原 和博

著者はバブル期をリクルート社で迎え、メニエル病となってから会社(仕事)と私生活の関係を見直した経験から、今で言うところの「ワークライフバランス」の考え方を述べています。その後、東京都で義務教育初の民間人校長として杉並区立中学校の校長に就任し、また、テレビで見かける機会も多いです。

著者がバブル期に美術品蒐集にお金をつぎ込み、また、仕事に没頭して時間を奪われていたそれの反動から、お金で買えない「見えない資産」の重要性を説いています。バブル期を知っている人には懐かしく、知らない人には新鮮かもしれません。著者の半生を知ることができます。


フランスに住んでいた経験から、フランス人の生活信条"Art de vivre" (アール・ド・ヴィーヴル)、すなわち、
国よりも、産業社会よりも、自分自身の人生と人々との関わりを大事にする生き方
を勧めています。しかし、そんな生き方が日本に馴染むのは難しそうにみえます。なぜなら、日本とは文化的歴史的背景が異なるからです。日本のかつての近所との関わりの強かった時代の生き方と、アール・ド・ヴィーヴルとはまた違うんだろうなあと想像します。生き方を考える上では、日本とは違った見方を知ることはとても役立つと思います。


「時間感覚」についての部分で、
「10年先の夢を実現するために、その夢を、今に、1割だけ紛れ込ませる」
と具体的に述べています。
この考えがすばらしいのは、以下の2点です。
 (1)今やっていることを直ちにやめるわけではない.
例えば「明日から作家を目指すので、会社辞めます」といっても、リスクが大きいです。(経済的な拠り所があれば別ですが。)
 (2)今と10年先を結びつけて夢に向かっていくことができる.
将来を夢見ても、そこに具体的につながることが「今」なければ、その夢は、来年も再来年も、永遠に手の届かない「10年先」の夢だからです。


あれもこれも買ったりやったりするmoreをやめて、自分の持ち味を生かすためのcoreを見つけるor作り出そうと述べています。moreをやめるのは「ミニマリズム」に通じるものがあります。
精神的な豊かさと物質的な豊かさについては、最終的には個人の価値観によるでしょう。(私は身軽さを求めたいので、物質的な豊かさにはこだわりたくないです。)

「ワークライフバランス」を考える参考になる本です。

2013年4月28日日曜日

「わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か」  平田 オリザ

ひきこもりに代表される、コミュニケーションに問題のある若者が増えた背景について教育者の立場から考察しています。著者は劇作家・演出家を出発点として、教育へと携わってきた点がユニークです。

今の就職活動をしている若者は、自立して考え自分の意見を述べる能力を要求されている一方で、「同調圧力」による従来型のコミュニケーション能力、例えば「会議で空気を読んで反対意見は言わない」といった能力を求められており、この「ダブルバインド」が引きこもりやニートの問題の原因のひとつだと述べています。また、コミュニケーション能力が低下したのではなく、全体のコミュニケーション能力が上がってきたからこそ、コミュニケーション能力の低い人が「顕在化」してきているとも見ています。

演劇の観点のみならず、英語や韓国語との比較からも、日本(語)でのコミュニケーションの特徴について考察を加えています。


子供には「対話の基礎体力」が必要だと述べており、それは、
日本では(あるいは相手が日本文化のバックグラウンドをもっていれば)説明しなくてもわかる事柄を、その虚しさに耐えて説明する能力。
異なる価値観と出くわしたときに、物怖じせず、卑屈にも尊大にもならず、粘り強く共有できる部分を見つけ出していくこと。
と規定しています。
ここでの「対話」とは、「2つの論理が摺りあわさり、そこから新しい概念を生み出す」もので、どちらの意見が正しいかを導き出すものではないとしています。対話と会話は異なるものです。対話の重要性については以前にこちらの本で紹介しました。

最近の状況は変わってきたかもしれませんが、基本的に小学校では、伝える相手は日本人を想定しており「話さなくてもわかる」前提で教科が組み立てられているのでしょう。学校教育のなかで「対話」についてきちんと取り上げられていたなら、私の人生ももう少しマシなものに変っていたかもしれません(笑)。



「冗長率」についての考察は興味深いです。
冗長率とは、
一つの段落、一つの文章に、どれくらい意味伝達とは関係のない無駄な言葉が含まれているかを数値であらわしたもの。
であり、コミュニケーションとの関連性については、
冗長率を時と場合によって操作している人こそが、コミュニケーション能力が高いとされるのだ。
と言っています。単に冗長率を低くすればよいのではないと言っている点がポイントで、相手の要求によって、ときには冗長率を高くすることが必要である指摘は新鮮です。なぜなら、大抵の場合、「余計なこと」は言わないほうがよいとされるからです。
冗長率の低い高いについては、NHKの夜7時のニュースと夜9時のニュースの例(前者が低く、後者が高い)が挙げられています。


社会的弱者のコンテクストを理解する能力が、これからのリーダーシップに必要であると述べており、さらに、著者は学生に対して、以下のように言っています。
論理的に喋る能力を身につけるよりも、論理的に喋れない立場の人々の気持ちをくみ取れる人間になってもらいたいと願っている。
ここでは、コンテクストの意味として、「その人がどんなつもりでその言葉を使っているかの全体像」と広く定義しています。
コミュニケーションの手段として「言葉」は重要ですが、それはあくまで伝える手段の一つに過ぎません。「相手の気持ちを察し、気を利かせることの重要性」は、この手の本では共通して述べられていますね。